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2022年度 学位記授与式 式辞

式  辞 

 本日ここに学位記を受け取られた皆さん、おめでとうございます。皆さんのこれまでの努力と学業への専心に敬意を表し、花園大学教職員を代表して、心よりお祝いを申し上げます。皆さんをこれまで励まし支えてくださったご家族の方々にも、感謝の念と祝福の意をお伝えしたいと思います。
 この春、大学院を卒業する方は6名で、その内訳は修士課程文学研究科2名、社会福祉学研究科4名です。学部生は380名が卒業を迎え、その内訳は文学部 156名、社会福祉学部224名です。本日、学位記を手にされ、ここに至るまでの苦労や仲間と共に経験した感動など、様々な思いを巡らせていることと思います。

 皆さんの学生生活は、これまでの先輩たちとは大きく異なるものとなりました。「人類の歴史の大波」にのみ込まれてしまったのです。
 まず、2020年初頭にコロナウイルス感染症が広がり、それがまん延する中で大半の学生生活を送られました。ようやく本年5月8日にはコロナウイルスの感染症法上の位置づけが季節性インフルエンザと同じ「5類」に移行します。また、昨年2月に起こったロシアのウクライナ侵攻は1年経った今も続いています。この戦争とコロナ禍により私たちの全く知らない新しい世界が眼前に聳え立っています。その新しい世界の出現に驚きと恐怖を感じざるを得ません。
 佐々木毅先生がおっしゃるとおり、「人間は自らの経験に暗黙に寄りかかりながら事態の変化に対応して生きているが、自らの経験が所詮は「自らの」経験に過ぎず、人類の歴史の経験の大きさに比べていかに間尺の違うもの――「想定外のもの」――なのかを思い知るに至って、寄りかかれるものを失い、手の施しようがない姿で歴史の大波にのみ込まれてしまう」。
 人類の歴史は人ひとりの経験をはるかに超えています。人類は何度もペストに襲われ、中世ヨーロッパでは人口の3割以上が死亡したとも言われています。アルベール・カミュが「ペスト」で描いた不条理の世界を、今、多くの人々が読んでいます。日本では感染症をコントロールしたと考えられていましたが、今回、そのような想定は「現在の日本人」の経験に基づく想定に過ぎなかったことが明らかとなりました。人類の歴史は何度も感染症の襲来を経験していたにもかかわらずです。
 次に、20世紀は戦争の世紀といわれました。第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、多くの戦争が世界各地で勃発しました。しかしながら、日本は、1945年以降戦争を一度も経験することなく、約80年が過ぎようとしています。福田歓一先生がおっしゃったように「ドイツとフランスとの何百年にわたる敵対関係がもう一度復活すると考えるものは誰もいない」。戦争の世紀は終わったはずでした。

 それにもかかわらず、昨年1年間で思い知らされたのは、21世紀にも戦争が身近な問題として続くということです。そして、その戦争が全人類の平和と安寧を脅かすということです。当事国だけでなく、ウクライナと関係を有するEU諸国はもちろんのこと、その他の資本主義国家も政治・経済の両面で対応に追われています。アフリカやアジア各国までもが経済の混乱という大きな打撃を受けています。全て関係国でありこの戦争の下にあります。遠いヨーロッパにおける戦争ではないのです。

 このような時代に当たって私は皆さんに言いたい。困ったことがあったら書を読もう。学問をしよう。学問は研究を通してそれまでの命題を批判的に検討し、新しい枠組みを提案する普遍性を有しています。「自らの経験」を超える命題であればあるほど、学問との親和性が強くなります。大学で学んだ書を引っ張り出して読み直してください。また、新しい学問を紐解いてください。迂遠なようですが、学問が皆さんをこの「人類の歴史の大波」から解放してくれます。学問がいつまでも皆さんを守ってくれることを祈っています。
 次に、建学の精神を思い返していただきたい。本学の建学の精神は「禅的仏教精神による人格の陶冶」です。その目的は臨済宗の宗祖である臨済禅師が「随処に主と作れば、立処皆な真なり」と言われるように、どの様な状況であっても主体的に行動できる、自立性・自律性を養成することです。この建学の精神の下で学ばれた皆さんは自ら立つ自律の精神を獲得されています。変化の大波の渦の中でも、自分を見失わず、目的に向かって歩んでいくことができるでしょう。

 学問をするため、そして、社会で活動するため、皆さんにお願いしたいことがあります。それは「書くこと」を一生涯学び続けていただきたいということです。話すのは得意なのだが、書くのは苦手という方がいます。しかし、しっかりとした文章が書けない方は、話すことも不十分です。短い時間で簡潔に説明できる人がいますが、その人はしっかり書くことができます。書くことは人間の活動の基本です。是非、書くことを学び続けてください。

 21世紀になり、人々は民主主義そのものに疑念を抱くようになりました。歴史の進歩の先には民主主義と自由主義が必ず実現するというような理想論は捨てるべきなのでしょうか。このような政治的、社会的状況下で皆さんを社会に送り出すことになりました。
 しかし、私は希望を失っていません。「自由民主主義は基本的に漸進主義と政治的・社会的選択を基盤にするものであって、そのこと自体、展望を難しくする最大の原因と考えられ」ます。だからこそ、ハンナ・アレントが論ずる「許し」と罰のメカニズム、そして、「約束の力」によって、21世紀を切り拓いていくことができると信じているからです。佐々木毅先生が次のように説明しています。

 「復讐」が過去の行為にとらわれ続けることに根拠を置いているのに対し、「許し」は過去の行為とその結果から双方を解放し、自由にするものである。そして「許し」の代替物になっているのが罰である。罰は許されるものであることを踏まえた上での対応であり、「復讐」とは全く位相を異にする。
約束は主体の多様性を前提にしつつ、人間の自由の持つ不確実さとその中で発生しうる予見不可能さの大海に対して、予見可能性の「小島」を人為的に創出しようという試みである。

 私は人を信じます。特に若者の力を信じています。皆さん、苦難を恐れず、際限のない社会の「大海」へ漕ぎ出していってください。

 卒業そして修了、誠におめでとうございます。

令和5(2023)年317
花園大学学長 磯田 文雄